​八人のアダム開発日記_7​​​

​あまり関係ないただの思索

19/06/22

まもなくウディコンである。

あと一か月もすれば始まってしまう。

八人のアダムに関しては、一か月ほど前に大転換点があった。

それが何かということは、無事ウディコンに出品できてから語ればよいだろう。

無事出せるか。

無事出せるのか・・・。

ここからはいつもの愚痴。

Twitterである人気ブロガー?の投稿があった。

10万くらいのいいねが付いていた。

見てもよく面白さがわからなかった。

が、確実な事実は10万人がそれにいいねをタップをしたことだ。

別の話。

最近売れているマンガのランキングみたいなものをたまたま見た。

自分が普段読んでいるようなマンガはほとんどなかった。

逆に、読んだときによく面白さがわからなかった作品などがいくつもランクインしていた。

こういうとき、少し寂しい気持ちになる。

でも、そんなのは物心ついたころからずっと続いている。

価値というのは人により全く異なる。

私の中には私なりのランキングがある。

別の人にはその人のランキングがある。

 

さまざまな人のトータルとして世間的な結果が出る。

その結果は自分のランクと一致することはほとんどない。

えーと、なにがいいたいのだろう。

そうだな・・・。

記憶。

これは絶対的に自分だけのものである。

そのくせ、人生で圧倒的に影響力を持つものである。

心の中で燦然と輝く素晴らしい記憶というのは確かにある。

だが、それは普通人にはうまく伝わらない。

どれだけ大切でどれだけ自分の人生に影響を及ぼしたものであっても、

他人と共有するのは難しい。

でも、やっぱり共有したいんだよ。

少しでもいいから、かけらでもいいから。

俺が今作っている、とてもいびつで不恰好な作品。

まだ自分の脳裏とパソコンにしか存在しないもの。

ずっと昔からイメージだけはあったものを、なんとか形にしていこうとしている。

でも、まるで思うようにはいかない。

おもちゃをちらかしてしまった部屋を見るように、

今はただ茫然としながらなんとか手を動かしている。​

どちらにせよ、これは何か大きな異変がなければ、あと一か月と少しで誰かの目に触れる。

人の記憶に、入り込むことになる。

そんなことが千人くらいの人の間で行われるのがウディコンというイベントだ。

そしてプレイした人の感想を頼りに、

作者は自分の現在地を知る。

プレイした人もまた、自分の中から浮き出てきた感想によって自分を知る。

それに触れたときにそういうことを感じる自分自身と出会う。

人間はこんなことを長年続けてきた。

これからも人間は人間である以上、これを続けてゆく。

パスをされ、パスをして、それをいやおうなく死ぬまで。